2025年4月9日水曜日

≪重要≫2025年3月の思惑。〈第3弾〉(インスタグラムより。)

 こんにちは。

 

 今日は、「インスタグラム」には揚げていて(先月24日)、YouTubeや、ここでは揚げられていなかった重大な印象を公開します。

 今年に入ってから、まず一番訴えたい内容であることは間違いありません。『2025年3月の思惑。』(一本目)の最初の2~3の印象も大事ですが、これは、その上をゆく印象です。

 


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(3/12、SGフィルダーの面接予約で、ヤな思いをした次の日の出来事。) 

『重大な、過去の発掘』




3.13 

 俺はかつて、神様とだけ話をしていた…。

 親や兄妹や、社会全体に離されても、恨み一つ、晴らさなかった。

 彼らを赦し、憎しみを乗り越える為、自らを日本から追放した。自分の憎しみや、格闘の足跡すら、残そうとしなかった。(!!!)

 僕は2007年1月、文字通り「跡形もなく」、「霧のように」日本を去っている。

 文字通り、『人生を捨てた』のだ。


 …心の誠を、『純潔』を、全うするために。

 そのためには、自分の普通に考えて(普通の感覚からして)吐いても全然いいような「文句」、「罵詈雑言」、「攻撃」も、吐かずに、世界に消えたのである。

 

 『目には目を。歯には歯を。』の原理でいけば、当然返してよい報復を、俺は、一切せずに消えたのである。(参考: イエスの言葉『汝の敵を愛せ。』)

 それが一度、できてしまったような人間が、またできないとでも思う?逆に、そんなことができてしまった人間だからこそ、神様は、僕に「地震」という神通力を授けてくれたのかもしれない。

  

 ≪生気盛んな、有望な若者が、24歳で『人生を諦める』という苦しみが、あなたに分かるか?

 俺は、それを苦しみ抜いて、『生き返った』、『生まれ変わった』、そんな人間なのである。≫

 


 再確認:

 「俺は昔も、“怒りを吐かずに”、世界から消えていった男。」(2007.1)(その先に、「東日本大震災」がある。)

 そうするのが、人間とのそういう向き合い方が、俺という人間の「スタイル」なのかもしれない。。。

 

 

3.16

 複雑な世の中の事象の中(人間界)で、自分の中で「イエス様」を貫こうと思えば、俺は、『一人』になっていくしかなかった。(2006年)

 

3.17

『僕は、「結論」、しかも、すごい究極的な結論に到達するのが、むちゃくちゃ早い。

 僕があっという間にエベレストの頂上のような結論に達するとすれば、凡人は1500m、2000mの頂上のような結論を得るだけで、大喜びしている。』#####

 (僕の瞑想能力の賜物。精神世界の大きさ。多分、若かりし頃の不屈の思索·瞑想(「人生探求」)がこれをもたらした。)

 

≪最重要≫ (痛快な気付き)

 『誰も、俺のことなど信じない。信じられない。

 - 「発掘」。たしか、かつてこんな悟りがあった。でも俺は、だからって信念は諦めなかった。一人、「突き進んで」いった。

 cf. 『みんな、俺の純真さが、「真心」が、「優しさ」が、分からない、見えない!』

 イスタンブールの歓喜という霊的体験の価値と、それがもたらした僕の人間的な力。実力。

 

 

『俺のような純潔人間は、世の中にいない。』

 - 24歳、絶望時、たしかこんな結論を僕は出している。

 いるのかもしれないけど、絶望までに出会えた人の中でそういう人は、一人もいなかった。

 

 

                  〈終わり〉

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